キタキツネの赤ちゃん

CM、芸能、担々麺

コーヒーカップの表紙が目印 ヨコイエミ『カフェでカフィを』

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▲右…『カフェでカフィを』、左…『るきさん

 コーヒーカップが回る表紙。一通り読んだあと、この表紙の粋さに思わず膝を叩いた。

ヨコイエミ著、コミック『カフェでカフィを』。16篇のショートストーリーで構成された本作は、そのすべてがカフェ/コーヒー/お茶にまつわるお話でつづられている。

 

僕が個人的に好きなエピソードは「言葉を話せる自販機と缶コーヒーのお話」。意思疎通できる自販機と缶コーヒーがあったら、こんな会話するだろうなあ……と納得してしまうのは、作者さんの視点の妙技だろう。

そんな自販機の前を行き来する人々にもまた物語があって……

どこか身近な登場人物たちが繰り広げるオムニバスは、"カフィ"を軸に物語がつながり、連鎖していく。

 

決してジェットコースター的な急展開があるわけではない。だがシンプルかつ計算され尽くしたコマ割りから生まれるスピード感は心地よく、まさにきゅるきゅると廻るコーヒーカップのようではないか。

 

読み終えた後は高野文子の作品を連想した。まるみを帯びた、見ていて楽しい描線。存在はフワフワしているのに、地に足のついたリアルさを伴うキャラクター像。

作者さんのTwitterを見てみたところ、高野文子は「最も敬愛する漫画家さんのひとり」とのこと。納得。

本棚から『るきさん』を引っ張り出して、読み比べるのも楽しかった。

クラフトボスCMのピスタチオ小澤慎一朗はハマり役

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堺雅人杉咲花成田凌ゆりやんレトリィバァ、小澤慎一朗(ピスタチオ)、そしてトミー・リー・ジョーンズ

まるでタレントのごった煮のようなこのCMこそ、サントリー「クラフトボス」の『新しい風・いいコンビ』篇です。

 

まずは映像をご覧下さい。

 

 

あ~いいですね。コーヒー飲料に「新しい風が吹いた」から堺雅人に風をブチ当ててみようっていうストレートアイデアで突き抜ける感じ。

しかも「そんな仲良くないんで」by杉咲花 だと風は吹かない。視聴者に気を持たせておいて、最後の社長の一言でビュウッと吹く。Mac bookもどこかへ行くほどの風速で非常に危ない。

 

で、ここからが本題です。

 

『新しい風・いいコンビ』篇有名タレントがたくさん出てるCMですが、僕が思うに一番のポイントはピスタチオ・小澤慎一朗だと思うんです。ピスタチオ小澤ってのは最後に堺雅人に「中止」って言う社長ね。

 

あの人だけ宇宙人感が強いんですよね。

 


普段のネタから↑みたいな喋り方。

で、CMだと「気が変わった。中止」とか急に言い出す。いやそれ事前に共有しておけと。

本当に何考えてるかわからない社長。だから何考えてるかわからないスタイルのピスタチオは本当にハマる。

これを杉咲花成田凌ナチュラルな演技が上手くプッシュしてるんですね。彼らが自然な分だけ小澤の異質さが際立つ。

 

CMにおけるキャスティングの大発明、っていうと、まあソフトバンクの白犬に北大路欣也の声を当てたとかああいうのが思いあたりますが。

 

「クラフトボス」の『新しい風・いいコンビ』篇における杉咲、成田、そしてピスタチオ小澤のセンバツもメチャクチャにはまってるキャスティングの大発明ではないかな、と思ったりします。

『彼氏彼女の事情』有馬怜司はジャズの"逸脱と回復"精神そのもの

世界的なジャズ・トランペッターの日野皓正さんが、男子中学生に暴力を振るったらしい。

事件は瞬く間に話題になり、ネット・TVともに大きく取り上げている。

そんななか、以下の記事をTwitterで見かけた。

ジャズは"逸脱"から"回復"までを内包するからジャズ。記事を読んで気づいた。これは『彼氏彼女の事情』の重要人物、有馬怜司にも当てはまるのではないかと―!!

あ、紹介が遅れましたが、この記事は『カレカノ』こと『彼氏彼女の事情』の原作ファンだけに向けた記事です。有馬怜司、良いキャラなんだけどアニメ版にゃ出てこないんだな~

世界的ジャズピアニスト・有馬怜司

彼氏彼女の事情』を読んだことがない人にも説明しておくと、有馬怜司は主人公のひとり、有馬総一郎の実父にあたる天才的なジャズピアニスト。

有馬家は病院を経営するいわゆる名家。怜司は父・怜一郎(ルックスも知性もピカイチ)の愛人の子だった。端正な顔立ちや頭脳など、怜一郎からの才能を受け継いだ怜司はしかし、愛人の子という立場ゆえに一族から冷遇される。唯一、怜一郎の長男である総司とは仲が良かったが、行き違いから関係は破たんし、怜司は非行の道に走ることに。

非行まっただなかの生活で、怜司はバリバリレディースな女性・涼子と関係を持ち、望まれない子どもができる。それが主人公の総一郎。

涼子は総一郎への愛情など持っておらず、「有馬家の子どもがいれば金に困らない」と打算的だった。

▼有馬怜司(コミックス17巻の書影より)

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とはいえ怜司は愛人の子であるから、遺産などは入らない。ついに涼子は総一郎の育児を完全放棄。怜司がかけつけたため総一郎は一命を取り留めたが、幼き総一郎は怜司の兄・総司に引き取られることになった。

さらに付け加えると、"総一郎"の名前は怜司がつけたもの。父である怜司へのコンプレックス、そして兄・総司への愛情から由来する。

 

で、主人公の有馬総一郎くんは、高校生になって父・怜司と再会する。初めてまともに見る父は、チケットも取れないほど世界的に有名なジャズピアニストになっていた。

成長した怜司は"オトナのオトコ"そのものだった。胸の内にはまだ過去へのコンプレックスが渦を巻いていた。しかしヒロイン・宮沢雪野の助力もあり、総一郎とともに過去のわだかまりを、そして有馬家との古くからの因縁を解消するのだった――

長い。

 

申し訳ないが長くなってしまった。『カレカノ』がそれだけ内容の濃い物語なだけで、決して僕のまとめる能力が低いわけでは……うん……

 有馬家から"逸脱"する怜司、ジャズの精神

ここで僕は「ジャズ界に暗黙の了解としてある"逸脱"の精神が、名家・有馬家から逸脱する怜司のアウトローっぷりに重なるのではないか」と主張したい。

 原作者の津田雅美さんがどこまで狙って設定したのか。定かではないが、偶然で終わらせるにはもったいない一致とは言えないだろうか。

というのも『カレカノ』はキャラクターの心情描写が極めて細やかに練られた作品。心にダメージを負った登場人物が、傷を抱えつつも立ち直ったり、壁を乗り越えたりするさまは、本作の大きな魅力です。その意味では、有馬怜司の"回復"も作中の重要なピースなのです。

 

先述のとおり、有馬家は良い家柄ながら、大きな闇を抱えている。有馬の闇はそりゃもう深くエグいわけですが、だからこそ闇から立ち直る過程はクリティカルに響くんです。

この"立ち直り"こそ、ジャズ精神にある逸脱からの"回復"に通じるのでは、と僕は考えます。

回復があるからこそジャズ=有馬怜司では

 上に引用した記事では「ジャズシンガーで譜面通りに歌う人はいない」とされており、コードにない音をわざと使うテクニックもあるといいます。恐らくそれがジャズの面白い理由であり、ジャズ精神の根っこなのでしょう。そこで

譜面=有馬家のレールの敷かれた人生、

逸脱=医者の家系から外れて非行、闇を抱えたピアニストになった怜司、

回復=怜司が有馬家の闇を乗り越え、過去から立ち直る。

と読み解けないでしょうか。

 

ところで、世間一般的に「レールからの逸脱を描く音楽」といえばなんでしょう。僕は、ジャズよりもパンクロックが思い浮かびます。

 

カレカノ』世界におけるパンクロックはもちろん、バンドの"イン・ヤン"、そしてイン・ヤンのボーカルである一馬が挙げられるでしょう。ところがどっこい、一馬は逸脱のイメージとは噛み合わない純朴青年。それはインヤンのメンバー内で自分だけ学生なので、バンド活動の足を引っ張らないために「学校を辞める」と言い出してメンバーから止められて泣くエピソードが物語っています。

作中では怜司と一馬は初対面から共鳴しあい、相性バッチリな組み合わせとして描かれました。

ジャズへ"逸脱"する怜司、パンクロックに傾倒しながらも逸脱しきれない一馬。数奇な関係性を持つふたりこそ、ある意味対照的な存在ゆえに馬が合ったのかもしれません。

 

長くなってきたのでこのへんで。

山崎育三郎の独り舞台「あいの結婚相談所」を見よ――感想という名の布教

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山崎育三郎! 山崎育三郎!! 山崎育三郎!!!

ドラマ『あいの結婚相談所』がとんでもなく面白い。個人的には2017年夏ドラマで圧倒的ナンバーワン。豊作が多い今年のドラマのなかでも、際立って異彩を放つのがこの作品だ。

では一体なにがそんなに面白いのか。これから『あいの結婚相談所』の視聴者をさらに増やすため、"感想"の名目で布教したい。

山崎育三郎のワンマンショー

主人公は山崎育三郎演じる藍野真伍。舞台は藍野が営む結婚相談所、「あいの結婚相談所」となる。

藍野が掲げるキャッチコピーは「成婚率100%」。200万という高額な入会金が必要ながら、入ってしまえば必ず結婚できるという。物語は藍野とアシスタントのエリザベス(高梨臨)をストーリーテラーとし、結婚を目指す者を時に励まし、時にあざむき、時にミステリーを解決しつつ成婚させていく。

 

とまぁここまで見れば「若干破天荒だけど普通のドラマ」。だが本作の魅力は"山崎育三郎、究極のワンマンショー"にある。

まず歌う。とにかく歌う。森でも車内でも山でも、とにかく歌ありき。高梨臨前田美波里が会話する、その後ろのほうで育三郎が歌う。

山崎育三郎はミュージカル「レ・ミゼラブル」で本格デビューした俳優。その山﨑の歌唱力・表現力をもってして、ドラマ作品でありながら、ところどころがミュージカル調になる。

その姿、まさに水を得た魚。恐らく広辞苑で「水を得た魚」の説明に「『あいの結婚相談所』に出ている山崎育三郎」と書いてあっても異論が出ない。と思えるほど濃ゆい山崎育三郎を垣間見れる。

 

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思えば今年の山崎育三郎は、カッチリしたイメージの役が多かった。1月期『突然ですが、明日結婚します』では敏腕ビジネスマン、『あなたのことはそれほど』でもビジネスマン。

WOWOW放送『宮沢賢治の食卓』では音楽教師としてピアノ演奏のシーンもあったが、決して"はっちゃけた"役柄ではなかった。で、出てきた初主演ドラマが『あいの結婚相談所』なのである。だから、もともと山崎育三郎のファンだった人は、こう喜んでいるのではないだろうか。「ヒャッホウ」と。

 

ここまで『あいの結婚相談所』と山崎育三郎を推してきたが、僕はもともとこの俳優さんのファンでもなんでもない。失礼ながら「『あなそれ』のホモの人ね」くらいの印象だった。ところがどっこい、すげえじゃねえか山崎育三郎。その唐突に挿入される歌が、物語には一切関係のないダンスが、くどいほど繰り返される顔面のアップが、しつこいくらいに「あっこれ傑作だわ……」と琴線にベタベタと触りまくる。第1話も終盤にさしかかれば、山崎育三郎が画面に出てきただけで期待感:癒し:やかましさが4:4:2くらいの割り合いで押し寄せてくる。

 

 山崎育三郎以外もスゴいんだコレが

「ワンマンショー」と言ったものの、魅力は山崎育三郎だけではない。シスター姿の高梨臨は、可愛いだけでなく美声も必聴。モノローグもうまく、今は亡き声優・川上とも子をも思い起こさせる。

結婚相談所のスタッフが、社内PCで『グランブルーファンタジー』をプレイしているなど細かいネタも見逃せない。前田美波里鹿賀丈史が出演するなど、ワキの固さもぬかりなしだ。加えてゲスト女優として、結婚できないヒステリー女性役に『牡丹と薔薇』の小沢真珠を配置。遊び心が豪華すぎやしないか。

 

毎週金曜の深夜に「あ~1週間の疲れをほぐしたいな~」や「あ~山崎育三郎のエッセンスを濃縮還元したモノを堪能したいな~」とお思いのかたがた。金曜ナイトドラマ『あいの結婚相談所』(23時15分~)をぜひご覧いただきたい。

突然襲い来るミュージカル演出、そして山崎育三郎のうさん臭い微笑みが、きっと視聴者をとりこにするはずだ。

 

『映画大好きポンポさん』評――クリエイター必見の"ものづくり漫画"

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人間プラモさんが制作したWebコミック『映画大好きポンポさん』が注目を集めている。
イラスト投稿コミュニケーションサービス「pixiv」上で無料公開された本作は、Twitterで拡散され作者名がトレンド入り。「クリエイターは必見」と絶賛を浴びた。僕も読んだ。これはもう書評というか感想を書かずにはいられない。

とにかく面白い。ぜひ読んでみてほしい。

テーマだけを抽出した濃密すぎるストーリー

「ワーオ」「ブシャー」「ペタペタ」。コミカルな擬音で幕を開けた本作は、"ものづくりの楽しさ"に焦点を絞った作品だ。そこには映画ビジネスや恋愛要素は混ざらない。導入部は軽やかでありながら作者の映画愛やポリシーが浮かび上がるのは、テーマを限りなく絞ったことで作品のエッセンスが濃密になるからだ。
トロフィーを手にしてもオドオドするジーンの姿は「成長物語」の香りすら排除。「超楽しい」の言葉が表すように、本作は何かを創る過程の充実感を、練り上げられた展開で描ききる。読み終わった読者には「ビリビリとした頭のしびれ」が残るのだ。

作中では作者のメッセージと思しき"名言"がいくつも語られる。なかでもポンポさんの言葉「製作者はシーンとセリフをしっかり取捨選択して出来る限り簡潔に作品を通して伝えたいメッセージを表現すべきよ」は特に重みがある。それは136ページというボリュームの本作をまさしく言い表していないだろうか。

無料Webコミックとして、136ページの本作はハッキリ言うと長い。ただし読み切りの単行本に比べるとページ数は少なく、一度読み始めればノンストップで最終ページまでめくってしまう。作品にならって映画に例えれば、ちょうど90分ぶんくらいだろうか。
伏線の配置と回収、映画ファンのためにバラまかれたような古い映画へのオマージュはリスペクト精神にあふれてもいる(イザベル・アジャーニにLINEのIDを尋ねるマーロン・ブランド!というIfストーリーだけでニヤけてしまう)。

『ニュー・シネマパラダイス』と『MEISTER

名画の引用が映える『映画大好きポンポさん』において、特に大きな意味を持つのが『ニュー・シネマパラダイス』だ。ガンコおやじアルフレードと少年トトの交流は、劇中劇『MEISTER』のダルベールとリリーの姿に重なる。
『ニュー・シネマパラダイス』が『MEISTER』に受け継がれる描写も巧みだ。名作の「匂い」を嗅ぎに来たポンポさんが試写室を訪れ、オーディションでピントが合ったナタリーの"匂いを嗅いで"新作への起用を決める。
師から弟子へ託される何か。ペーターゼンからポンポさん、ポンポさんやコンラッド監督からジーンへ、またはマーティン・ブラドッグからナタリーへ。そんな"意思の継承"は、アルフレードとトトの関係をにおわせる。

最後の最後、『映画大好きポンポさん』が傑作といわれる大きな理由のひとつであるラストページ。あの最後の一言こそ"ポンポさんからジーンへの継承"の収束である。
しかしあのオチは美しすぎやしないか。あんなこと上手いことやられたら、もううなるしかない。

ポンポさんはドラえもんか  キャラクターの奥行きについて

映画人として必要なあらゆる才能。歩く際の「ポキュポキュ」音。事実上の主人公・ジーンに送るアドバイス。ポンポさんの作中でのポジションはドラえもんを思い起こさせる。86ページ「まったくジーン君…きみって奴は…」が「まったくのび太君…きみってやつは…」をフォローしているのは明らかだ。
しかしジーン・フィニはのび太ポジションに収まらず、その一歩先を行く。

「心の中に蠢く社会と切り離された精神世界の広さと深さこそが その人のクリエイターとしての潜在能力の大きさだと私は確信しているの」

ジーンは友達がいないぶん自分の内面世界をこねくり回しており、それこそが創作活動の礎になる。繰り返し描かれる「ジーンのメモ」という努力描写(彼自身が楽しんでいるようなので、努力というか習慣?)はトントン拍子の展開にも説得力を付加。また"ダイヤの原石"はポンポさん自身にも当てはまり、幼い頃からペーターゼンにしごかれたことで才能が開花したことがわかる。ただの天才物語じゃなく、キャラクターに血が通っているのがありありと見えるんだ。

あとさ、蛇足かもしれないけど、詳細につむがれる「五感へのダイレクトな訴え」も良いんだ。まず『MEISTER』からは指揮者の復活劇やリリーの歌=聴覚、ジーンがファインダー越しに見る世界=視覚、名作の匂い=嗅覚、"芝居"そのものが本質的に持つ役者同士のふれあい=触覚。そしてポンポさんが好きなツナサンド、ベーコンチーズマフィン、ナタリーが作る夕飯、ポンポ組のスタッフみんなで食べる食事=味覚。人が持つ感覚へ直感的に伝わるこれらの要素も、読者の本能的な部分へメッセージを届ける要素ではないでしょうか。結果的に五感への訴えは圧倒的説得力を生み出していると思います。もっと言えば人間プラモさんの過去作も「ごはん」にこだわりを持っているものが多い!

ぜひ書籍化をお願いします

本作で語られる名言は、ものづくりに関わる者にグサグサと突き刺さる。そして容赦なく「創作意欲というガソリン」を注ぎ込む。

「評判欲しさに世間受けを狙ったら、八方美人なぼんやりぼやけた映画になっちゃうでしょ」
「だからそれよりも誰か一人、その映画を一番見てもらいたい誰かのために作ればいいんだ」
「そうしたらフォーカスが絞られて、作品の輪郭がグッと立つ」

一連のコンラッド監督の言葉こそ本作の主題ではないか。「映画」を他の創作物に置き換えても意味が成り立つあたり、コンラッド監督(そして作者)のものづくりへの信念が垣間見える。

改めて言うが、伏線の散りばめ方からオチの回収まで本作は「読ませる力」にみなぎっている。こんな漫画を無料で公開?太っ腹すぎない?
書籍化の企画も持ち上がっているのではと邪推する。本作が書店に並ぶ日を待つばかりである。

ぜひ紙で、カラーになったあのページを読んでみたい。

 

追記:

『映画大好きポンポさん』の書籍が発売されました!買いました!